コモド島は世界でも有数の「マンタ(オニイトマキエイ・ナンヨウマンタ)」との遭遇率を誇る海域ですが、いつでもどこでも見られるわけではありません。季節、潮汐、そしてエリア(北側か南側か)によって出現パターンが大きく異なります。
また、マンタがいる海域は栄養分が豊富なため、「激流」や「水の濁り」「水温の低さ」といった過酷な条件と隣り合わせであることも事実です。 この記事では、コモド島でマンタを見ることに特化し、具体的なポイント、時期、そして遭遇するために必要なスキルとリスクについて、詳細に解説します。

コモド諸島最大の魅力「マンタとの出会い」
コモド諸島の海を訪れるダイバーやスノーケラーの最大の目的、それは「マンタレイ」との遭遇です。世界中にマンタが見られるダイビングスポットは存在しますが、コモドが「聖地」として特別視されるのには理由があります。それは、圧倒的な魚影の濃さ、個体数の多さ、そして「ブラックマンタ」と呼ばれる全身が黒い変異個体の出現率の高さです。
しかし、相手は大自然の野生動物です。水族館のように必ず会える保証はありません。コモドでマンタ狙いの旅を成功させるためには、彼らの習性と、彼らが好む環境(=人間にとっては少々厳しい環境)を正しく理解する必要があります。
なぜコモドのマンタは特別なのか コモド諸島は、太平洋とインド洋をつなぐ「インドネシア通過流」の通り道に位置しています。この海流が深海から豊富なプランクトンを巻き上げるため、濾過食者であるマンタにとって理想的な餌場となっています。
ここでは、一度のダイビングで10枚、20枚といった群れに遭遇することも珍しくありません。列をなして泳ぐ「マンタ・トレイン」や、水面付近で捕食を繰り返す「グルグルマンタ(フィーディング)」など、ダイナミックな行動を観察できるのが特徴です。
遭遇率が高い理由と「ブラックマンタ」
コモドのマンタの大きな特徴は、ブラックマンタの多さです。通常、マンタはお腹が白く背中が黒いのですが、メラニズム(黒化)によって全身が漆黒に染まった個体が数多く生息しています。 世界的に見てもブラックマンタの比率がこれほど高い地域は稀です。黒い体に白い斑点が浮かび上がる姿は非常に神々しく、写真家やダイバーの憧れの的となっています。彼らがコモドに定着している理由は完全には解明されていませんが、この海域の特異な環境が影響していると考えられています。
マンタに会える2つの主要ポイント コモド国立公園内でマンタが見られるポイントはいくつかありますが、特に有名なのが「カラン・マカッサル(別名:マンタポイント)」と「マンタアレイ」の2箇所です。それぞれ特徴が全く異なるため、自分のスキルや時期に合わせて選ぶ必要があります。
カラン・マカサル(Karang Makassar)
コモド島の中部、コモド本島の東側に位置するポイントです。ここは全長数キロに及ぶ浅いリーフが広がっており、水深が5メートルから15メートルほどと浅いため、ダイバーだけでなくスノーケリングでもマンタを観察できるのが最大の特徴です。 ここは「ドリフトダイビング」のスタイルが基本です。ボートからエントリーし、緩やかな(時には速い)流れに乗って、ガレ場(死んだサンゴや岩が転がる海底)の上を流されていきます。このガレ場に点在する大きな岩が「クリーニングステーション」となっており、マンタが寄生虫を落としてもらうためにホバリング(空中で静止するように泳ぐこと)しています。 太陽の光が差し込む浅瀬で、頭上を巨大なマンタが通過していく光景は圧巻です。ただし、流れがあるため、一度通り過ぎてしまったマンタを追いかけて逆らって泳ぐことは困難です。
マンタアレイ(Manta Alley)
コモド島の南端に位置する、湾状になったポイントです。その名の通り「マンタの通り道」であり、コモドの中でも最大級の遭遇率と個体数を誇ります。 ここは水深が深く、地形もダイナミックです。カラン・マカッサルよりも外洋に近いため、大型の回遊魚やサメなども同時に見られることがあります。特に、水温が下がる時期(南側のベストシーズン)には、数十枚のマンタが乱舞するスーパーシーンに遭遇できる可能性があります。 ただし、ここはコモド南端特有の「うねり」や「冷水塊」の影響を受けやすく、海況が荒れやすい場所でもあります。アクセスには時間がかかるため、デイトリップ(日帰り)に組み込まれることは少なく、主にクルーズ船(リブアボード)で訪れるポイントとなります。
マンタに出会うための時期とコンディション 「コモドに行けばいつでもマンタに会える」というのは誤解です。マンタはプランクトンを追って移動するため、季節風(モンスーン)と海流の影響を大きく受けます。
北側と南側のシーズナリティ
コモド諸島は、季節によってベストなエリアが北と南で入れ替わります。 乾季(4月~10月頃): 一般的にコモドのベストシーズンとされる時期です。天気は良く、北側・中部エリア(カラン・マカッサルなど)の海況が安定します。透明度も高く、快適に潜れます。しかし、この時期、南側のマンタアレイ周辺は波が高くなり、水温も極端に下がることがあるため、アクセスが難しくなる場合があります。
雨季(11月~3月頃): 北西からの季節風が吹くため、北側のポイントは波が高くなります。一方で、南側のエリア(マンタアレイなど)は波が穏やかになり、プランクトンが増殖します。この時期、南側の水温は下がりますが、その分マンタの出現数はピークを迎えます。 つまり、観光としてのベストシーズン(乾季)に行けばカラン・マカッサルが狙い目となり、あえて雨季や季節の変わり目を狙って南側へ行けばマンタアレイでの爆発的な遭遇が期待できる、という住み分けがあります。
狙い目は「タイド(潮)」を読むこと
マンタは潮が動いている時間を好みます。特に、潮流がクリーニングステーションに当たって湧昇流が発生しているタイミングや、プランクトンが特定の場所に溜まるタイミングで活性が上がります。 現地の熟練ガイドは、当日の潮汐表を見て「この時間の、この潮の強さならあそこに出る」と予測を立てます。逆に、潮が止まっている(スラック)時間は、マンタもどこかへ行ってしまい、もぬけの殻ということもあります。ガイドのブリーフィング(事前説明)で「今は潮が良いからチャンスだ」「今は潮待ちだ」といった言葉が出たら、それが重要なサインです。
マンタダイビングのリスクとデメリット 素晴らしい体験ができる一方で、コモドでのマンタダイビングには明確なリスクとデメリットが存在します。これらを事前に理解しておくことが、事故を防ぐために不可欠です。
激流とダウンカレント
コモドの海は「世界屈指の激流」として知られています。マンタが好む場所は、すなわち「潮通しが良い場所」であり、人間にとっては泳ぐのが困難なほどの激流であるケースが大半です。 特に注意が必要なのが「ダウンカレント」です。これは海流が海底の地形に当たって下方向へ巻き込まれる現象で、気付かずに巻き込まれると、あっという間に水深30メートル、40メートルへと引きずり込まれます。
カラン・マカッサルやマンタアレイでも、潮の加減によって複雑な水流が発生します。 初心者の場合、マンタに夢中になって深度管理を怠ったり、ガイドとはぐれたりするリスクが高まります。中性浮力とフィンワークのスキルに不安がある場合は、予約時に必ずショップへ伝え、マンタポイントに行けるスキルがあるか相談してください。
低水温と視界不良
「南国リゾートだから温かい」と思って潜ると、痛い目を見ることがあります。特にマンタが多い時のコモド南側や深場は、深海からの湧昇流の影響で水温が20度台前半、時には19度近くまで下がることがあります。寒さで体が震え、エアの消費が早くなり、ダイビングどころではなくなる人もいます。
また、マンタの餌であるプランクトンが大量発生しているということは、海が「濁っている」ことを意味します。マンタを見るためには、透明度が5メートル、10メートルという緑色の海に潜らなければならないこともあります。「抜けるようなコバルトブルー」を期待していると、ギャップを感じるかもしれません。
触ってはいけないルール
マンタは保護生物です。コモド国立公園では、マンタに触れることは厳禁です。人間に触られると、マンタの体表を保護している粘膜が剥がれ、細菌感染を起こす原因になります。また、追いかけ回すことも禁止されています。 マンタの方から興味を持ってダイバーに近づいてくることがありますが、その場合も手を出さず、静かに観察する必要があります。もしルールを破れば、ガイドから厳重注意を受け、最悪の場合ダイビング中止を言い渡されることもあります。
装備と準備 マンタ狙いのダイビングを快適にするための装備についてのアドバイスです。
フードベストとカレントフック
前述の通り、水温が急激に下がるサーモクラインに備え、5mmのウェットスーツや、フードベスト(頭と胴体を温めるインナー)の着用を強くおすすめします。寒さは判断力を鈍らせ、事故の元になります。
また、流れがある場所で体を固定するための「カレントフック」も必須アイテムです。岩にフックを掛けて、凧揚げの凧のように流れに身を任せてマンタを待つスタイルが一般的です。使い慣れていない場合は、事前のダイビングで練習しておくと良いでしょう。
シグナルフロート
万が一、激流で流されてボートとはぐれた場合に備え、海面で自分の位置を知らせるためのシグナルフロート(セーフティソーセージ)は、全ダイバーが必携です。コモドの海では、これが命綱になります。
まとめ:準備をした者だけが出会える感動 コモド島のマンタは、世界中のダイバーを魅了し続けています。手が届きそうな距離で、畳数枚分もある巨大な生物と目が合う体験は、人生観を変えるほどのインパクトがあります。 しかし、その感動は、激しい潮流や変化しやすい環境という自然の厳しさの上に成り立っています。「ただ行けば見られる」観光地ではなく、「自然の中に人間がお邪魔する」場所です。
十分なスキルアップ、適切な装備、そして現地の自然を知り尽くしたプロフェッショナルなガイドの選択。これらが揃って初めて、最高のマンタ・エンカウンター(遭遇)が実現します。コモドマリンでは、その日の海況に合わせて、最も安全で確率の高いポイントへご案内するための情報を常にアップデートしています。
